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大阪地方裁判所 昭和44年(行ウ)82号 判決 1973年11月14日

原告 朴義

右訴訟代理人弁護士 松本健男

同 樺島正法

被告 大阪府公安委員会

右代表者委員長 谷村博蔵

右訴訟代理人弁護士 道工隆三

同 井上隆晴

同 山村恒年

同 赤坂久雄

同 田原睦夫

右指定代理人 岡本冨美男

<ほか二名>

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一  原告が昭和四三年一一月ごろ、本件設置場所に原告名義で用途をパチンコ遊技場とする建物を建築したこと、および請求原因1(二)の事実(営業許可の申請、本件不許可処分、異議申立、棄却決定)は当事者間に争いがない。

二  本件不許可処分の適法性

原告は、本件不許可処分が憲法二二条、二九条に保障する営業の自由ないし財産権を侵害すると主張するところ、右主張は、結局条例一一条の解釈適用の誤りを主張するに帰すると解せられるから、以下この点について順次検討する。

1  条例一一条は、風俗営業の許可基準につき「公安委員会は、許可を受けようとする営業所の位置が、学校、病院等に隣接する地域又は住宅地域等で、善良の風俗保持上著しく支障があると認められるときは、許可をしてはならない。」と規定している。本件においては、本件設置場所が右条例にいう住宅地域に該当するかどうかの点、および本件パチンコ遊技場の設置により、善良の風俗保持上著しい支障があるかどうかの点が問題となる。

(一)  条例一一条にいう住宅地域とは、社会通念上一般的に住宅地域と認められるような環境を形成し、住宅地域としての静浄または静穏を保持する積極的な必要性が客観的に認められる地域をいうものと解すべきであるところ、≪証拠省略≫を総合すると、次の事実を認めることができる。

建設省告示第一四七六号によって指定された交野町都市計画用途地域のうち商業地域は、長さは交野駅電車線中央部より交野駅前通りを東へ約一六〇メートル、巾は右道路を中心として五〇メートルから成る長方形と、右長方形の西端に接続し、長さは南へ約一〇〇メートル、巾は約四〇メートルの長方形とを合わせた鍵形の約一・二ヘクタールの部分であり、その周辺は住居地域と指定されているが、本件設置場所は交野駅前通りを東へ駅前から一九六メートル(交野駅電車線中央部からは二一五メートル)の地点を北に約一九メートル入ったところで、右商業地域より東方へ約五〇メートル離れた住居地域の中に存在する。そして交野駅前付近にならんでいる商店街は、スーパーマーケットをはじめ、おおむね日常生活に必要な商品を販売する店であり、映画館、パチンコ店、麻雀店等歓楽街的遊興施設は全くなく、駅前表通りの商店街の裏即ち北側の地域(交野駅に接する東西約一五〇メートル、南北約八〇メートルの長方形の地域)は、通称美馬住宅地として開発され、昭和四四年四月一日現在約七割強が住宅地となり、大部分が給料生活者である八五世帯が居住し、閑静な住宅地環境を形成しており、本件設置場所はその東端の一角に存在する。

ところで原告は、本件設置場所は極めて近い将来、現実に市場や商店等で構成される地域に完全に包含されることは疑う余地がなく、この事情を無視して本件設置場所が条例一一条にいう住宅地域にあるという認定を下すことには重大な誤りがあると主張する。しかしながら≪証拠省略≫を総合すると、前示商業地域の指定は商店等が商業地域指定範囲をこえて拡大しようとするのを防止するためのものであり、交野町当局としても、本件設置場所付近は、中級以上の住宅が建築されているし、また町役場庁舎、婦人会館、保育園、病院等の場所に近く、将来市民会館や児童公園等総合的な公共施設の建設を予定している地区に隣接しているので、この近辺の環境の悪化を防止して理想的な生活環境を保持したいと希求しており、交野町議会および住民の多数も環境保全の観点から本件パチンコ遊技場の設置に反対していたことが認められる。したがって本件設置場所が近い将来市場や商店等で構成される地域に完全に包含されるということは本件不許可処分当時としては考えることができなかったというべきである。

以上によれば本件設置場所は、住宅地域としての静浄または静穏を保持する積極的な必要性が客観的に認められる地域に属し、条例一一条にいう住宅地域に該当するということができる。

(二)  今日パチンコ遊技が大衆的な娯楽として定着していることは否定できないが、他方、≪証拠省略≫によれば、本件設置場所にパチンコ遊技場を設置することにより、いわゆる景品買いが現実に行われ、定職を持たずにパチンコによって生活を立てている人々が集まり、また不良青少年の蝟集場所になりやすくなり、夜遅くまで客が往来することが予測されたことが認められるし、≪証拠省略≫によれば、本件設置場所の南側町道を通って通学する児童数も相当多く、また交野町の計画によれば、本件設置場所の東側道路をはさんだ向いの農地に児童遊園地の設置が予定されていたことが認められる。これらの事情を考慮すると本件設置場所にパチンコ遊技場を設置することは、歓楽的な遊興施設の全くないこの付近の清浄な住宅環境を破壊し、近隣の学童、青少年等に好ましくない影響を与える結果になり、条例一一条の「善良の風俗保持上著しく支障があると認められるとき」という要件に該当するといわねばならない。

以上(一)(二)に検討したところによれば、本件パチンコ遊技場の設置が条例一一条に定める不許可条件に該当するとした被告の判断に誤りはなかったということができる。

2  原告は、被告の本件不許可処分が従前の規準に反し、恣意的になされたものであると主張するので検討する。

≪証拠省略≫によれば、従前、被告がパチンコ営業を許可した別紙一、(一)、(二)の各事例は、いずれも駅前や交通量の多い幹線道路、または商店街等の既成の繁華街に面しており、パチンコ遊技場の存在が不自然とされる環境ではなく、それによる弊害もほとんど考える余地のない場所であり、本件と類似する場所的環境にある事例が存しないことが認められる。したがって、被告の本件不許可処分が従前の規準に反し、恣意的になされたということはできない。

3  原告は、被告の本件不許可処分が、原告に莫大な財産上の損害を与えるものであるから、このことも本件不許可処分の違法性の理由となると主張するので検討する。

≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。

原告および夫の金武夫は、当初、本件設置場所において中華料理店を営むつもりで、用途を店舗付住宅として建築基準法六条による確認申請をしたが、建築主事の確認を受けないうちに、昭和四三年七月末ごろから建築工事に着手したものの、途中で気が変り、パチンコ遊技場を営むことにし、そのための設備の買付等開業の準備をすると共に、同年九月一〇日、用途をパチンコ遊技場として確認申請をやりなおした。一方同月二五日、付近住民代表が、本件パチンコ遊技場建設反対の一六九名の署名簿を添付した陳情書を枚方警察署長あてに、翌二六日被告あてにそれぞれ提出したので、枚方警察署保安係長海原広が現場を調査したうえ、原告の夫金武夫に対し、本件設置場所は住宅地域であり、パチンコ営業は不許可になる可能性がある旨警告し、あわせて転業を勧告したが、他方被告においても、同年一〇月一一日、大阪府警察本部保安第一課の瀬見警部、応治係長、安田主任に現場を調査させたうえ、翌一二日、金武夫が府警本部保安課に、許可について陳情に来た際、瀬見警部において同人に対し、場所に関する許可基準に低触するおそれがあるので他に転業するよう行政指導をし、また枚方警察署においても、同月一四日、原告および金武夫を招致し、保安係長が同様の行政指導をした。しかし原告および金武夫はパチンコ遊技場開設の準備を相当進めていた関係から右行政指導に応ずることなく、同月三〇日に建築主事の確認通知がなされるまでには、既にパチンコ遊技場としての建築工事や諸設備の買付等をほとんど完了させたうえ、同年一一月一八日、被告に対し、本件パチンコ遊技場設置の申請書を提出し、被告による本件不許可処分に至ったものである(原告の本件許可申請および被告の本件不許可処分については当事者間に争いがないことは前示のとおりである)。

以上の事実によれば、原告による本件許可申請があるまで、被告および枚方警察署においては、不許可になる可能性を原告に告知し、かつ転業を勧めていたのであり、事前の行政指導に何ら手落ちがなかったというべきであり、原告がこれに従わなかったのは、建築主事の確認通知がなされる以前にパチンコ遊技場の建築工事および設備等の開業準備をほとんど完了させていたためであるから、本件不許可処分によって原告が損害を被ったとしても、それは専ら原告の見通しの甘さおよび開業を急いだことに帰責されるべきであり、本件不許可処分の適法性を左右するものではないといわなければならない(もし原告主張の論理を認めるならば、風俗営業の許可申請をする者が、不許可になる以前に莫大な投資をしていれば、公共の利益のための不許可処分をすることが不可能となるのであって、この結果が不合理であることは明らかである)。

二  以上によれば被告がした本件不許可処分は適法であり、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下出義明 裁判官 藤井正雄 石井彦寿)

<以下省略>

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